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広島地方裁判所 平成5年(ワ)473号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

下中奈美

被告

千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

鳥谷部恭

被告

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

有吉孝一

被告

財団法人広島県勤労者福祉推進協会

右代表者理事

岡田正勝

被告ら三名訴訟代理人弁護士

新田義和

中村光彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(一)  被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告千代田火災」という。)は、原告に対し、金一一五〇万円及びこれに対する平成五年四月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田火災」という。)は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年四月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(三)  被告財団法人広島県勤労者福祉推進協会(以下「被告協会」という。)は、原告に対し、金二七〇〇万円及びこれに対する平成五年四月二四日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

(四)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(五)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  火災保険及び火災共済契約の締結

(1) 原告は、昭和六二年一一月一〇日、被告安田火災との間で、同被告を保険者、原告を保険契約者かつ被保険者とする次のとおりの住宅火災保険契約(以下「本件第一契約」という。)を締結した。

① 目的物 別紙物件目録記載一の建物(以下「本件建物」という。)

② 保険金額 一〇〇〇万円

③ 保険期間 昭和六二年一一月一〇日から、昭和七二年(平成九年)一一月一〇日午後四時まで。

(2) 原告は、平成二年一二月一五日、被告協会との間で、同被告を共済者、原告を共済契約者かつ被共済者とする次のとおりの火災共済契約(以下「本件第二契約」という)を締結した。

① 目的物 本件建物及び本件建物内の家財

② 共済金額 本件建物について一七〇〇万円

本件建物内の家財について一〇〇〇万円

③ 共済期間 平成二年一二月一五日午後四時から平成三年一二月一五日午後四時まで。

(3) 原告は、平成三年八月一日、被告千代田火災との間で、同被告を保険者、原告を保険契約者かつ被保険者とする次のとおりの住宅総合保険契約(以下「本件第三契約」という。)を締結した。

① 目的物 本件建物

② 保険金額 一一五〇万円

③ 保険期間 平成三年八月一日から平成八年八月一日午後四時まで。

(二)  保険火災の発生

平成三年一〇月三日午後一一時頃、本件建物から火災が発生し(以下「本件火災」という。)、本件建物及び本件建物内の家財が全焼した。

(三)  まとめ

よって、原告は、(1) 被告安田火災に対し、本件第一契約に基づく保険金一〇〇〇万円及びこれに対する本件訴訟送達の日の翌日である平成五年四月二四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、(2) 被告協会に対し、本件第二契約に基づく保険金二七〇〇万円及びこれに対する平成五年四月二四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、(3) 被告千代田火災に対し、本件第三契約に基づく保険金一一五〇万円及びこれに対する平成五年四月二四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因事実((一)及び(二))は全て認める。

3  被告らの主張

(一)  故意による被告らの免責

(1) 故意による被告らの免責特約

原告と被告らとの本件各契約(第一ないし第三)には、原告の故意により生じた損害に対し被告らは火災保険金もしくは火災共済金を支払わない旨の免責特約が存する。

(2) 原告の故意よる本件火災

本件火災は、次の諸事情に照らすと原告の放火によって生じたものであるから、被告らは原告に対し、本件火災について保険金及び共済金を支払う義務はない。

① 本件火災の出火原因

本件火災は、時限出火装置としてローソク、電話帳(タウンページ)、ガソリン等を使用し、二か所から出火するように仕組まれた計画的な放火の事案であり、本件火災前にも本件建物について平成三年三月八日午後二時四五分頃発生した火災(以下「第二火災」という。)と同様な犯行手口によるものである。

第二火災においては人目につきやすい昼間に発生していることや、唯一外部から侵入可能と考えられる出入口は施錠されており、番犬もいるなどして、本件建物には容易に外部から侵入しにくい状況であったこと、その他不審な状況などから、内部関係者による犯行であると考えられていた。

本件火災も第二火災と同様な犯行手口であること、外部の者が侵入したと考えるには不自然な状況が多数みられることから、内部関係者による犯行であると考えられる。

② 原告の経済状態

昭和六一年八月五日午後七時三三分頃、別紙物件目録記載二の建物(以下「旧建物」という。)について火災が発生したが(以下「第一火災」という。)、原告は、第一火災の当時二〇〇〇万円以上、第二火災の平成三年三月八日当時には二五〇〇万円以上、そして本件火災の当時には三〇〇〇万円以上の多額の債務を負っていた。しかし、右のような多額の債務は、広島電鉄株式会社に勤務する原告の収入(年収約七〇〇万円、退職金約五六〇万円)をもってしては到底返済できない金額である。

他方、各火災時における火災共済金額及び火災保険金額の合計額は、各火災時における債務を完済して余りあるものであった。すなわち、原告は、昭和五七年一月一二日、被告安田火災との間で、旧建物について七〇万九〇〇〇円の火災保険契約を、昭和六一年一月一日、全労災広島県本部との間で、旧建物について一一〇〇万円、旧建物内の家財について一〇〇〇万円の火災保険契約を、さらに、広島県労働金庫は、抵当物件である旧建物につき、昭和六一年二月一日、全労災広島県本部との間で原告を被共済者とする一〇〇〇万円の火災共済契約を締結(原告は右共済金請求権に質権を設定)している。したがって、第一火災時における火災共済金及び火災保険金額の合計額は三一七〇万九〇〇〇円であった。

また、原告は、昭和六二年一一月一〇日、被告安田火災との間で本件建物につき一〇〇〇万円の火災保険契約(本件第一契約)を、平成二年一二月一五日、被告協会との間で本件建物につき一七〇〇万円、本件建物内の家財につき一〇〇〇万円の火災共済契約(本件第二契約)を締結している。

したがって、第二火災時における火災共済及び火災保険金額の合計額は三七〇〇万円であった。さらに、原告は、平成三年八月一日、被告千代田火災との間で本件建物につき一一五〇万円の火災保険契約を締結しており(本件第三契約)、これに本件火災当時も有効であった本件第一契約及び本件第二契約を加えると、本件火災時における火災共済及び火災保険金額の合計額は四八五〇万円であった。

以上のことから、借金の弁済で生活に窮した原告が火災共済金及び火災保険金によって経済的苦境から脱出しようとしたものと考えられる。

③ 原告の火災共済金及び火災保険金の取得歴等

原告は、第一火災により、被告安田火災から火災保険金九二万円一七〇〇円及び全労災広島県本部から火災共済金二九八〇万円の各支払いを受けているから、合計三〇七二万一七〇〇円の支払いを受けたことになる。

原告は右支払いを受けた三〇七二万一七〇〇円のうち二二六一万〇六〇二円を広島県労働金庫に対する貸金債務の返済に充てている。

また、原告は、第二火災により、被告協会から火災共済金四八六万九〇〇〇円、被告安田火災から火災保険金二五六万九二八六円の支払いを受けているから、合計七四三万八二八六円の支払いを受けたことになる。

④ その他の不審な状況等

(a) 原告は、債務が多額化すると高額火災共済契約や高額火災保険契約を締結しているところ、三回にわたる火災はその契約に接近して発生しており、極めて不自然である。

(b) 原告は、本件火災当日の行動について、本件火災直後及び法廷において供述しているが、両者の供述が著しく相違していることや、原告の本件火災当時の行動には極めて不自然なところがあるほか、はっきりしない点が多く、原告には本件火災当日のアリバイがないといわざるを得ない。

さらに、第二火災についても、原告が放火することは十分可能な状況にあった。

(c) 原告及びその家族は、本件火災により甚大な損害を被っているのであるから、放火犯人を追求しようとするのが通常であるが、原告は犯人ではないかと疑っている者がいるにもかかわらず告訴などの措置をとることなく、犯人を追求していないのは極めて不自然である。

(二)  無届出による被告らの免責

(1) 無届出による被告らの免責特約

① 本件第一契約には、火災保険契約締結後、本件建物の構造又は用途を変更する場合には、原告は、右事実の発生が原告の責に帰すべき事由によるときは予め、責に帰すことのできない事由によるときは右事実の発生を知った後遅滞なく、その旨を被告安田火災に申し出て、火災保険証券に承認の裏書を請求しなければならないこと、原告が右手続きを怠った場合、右事実が発生したとき又は原告が右事実を知ったときから被告安田火災が承認裏書請求書を受領するまでの間に生じた損害に対しては、被告安田火災は火災保険金を支払わない旨の特約が存する。

② 本件第三契約にも、本件第一契約と同様の右免責特約が存する。

③ 本件第二契約には、火災共済契約成立後、本件建物の構造又は用途を変更する場合又は本件建物を引き続き三〇日以上空き家又は無人とする場合には、原告は、右事実の発生が原告の責に帰すべき事由によるときは予め、責に帰すことのできない事由によるときは右事実の発生を知った後遅滞なく、書面によりその旨を被告協会に通知し、火災共済加入証書に承認の裏書の請求をしなければならないこと、原告が右手続きを怠った場合、右事実の発生が原告の責に帰すべき事由によるときには右事実が発生したときから、右事実の発生が原告の責に帰すことのできない事由によるときは原告が右事実を知ったときから、被告協会が承認裏書請求書を受領するまでの間に、本件建物につき火災によって生じた損害に対しては、被告協会は火災共済金を支払わない旨の免責特約が存する。

(2) 建物の構造又は用途の変更

原告一家は、平成三年九月二一日に転居し、本件火災当日の平成三年一〇月三日は本件建物を空き家にしていた。このような長期間にわたる空き家又は無人の状態では、近家の場合に損害防止義務を履行することができないことはもちろん、浮浪者や盗人が入ったりして放火されることもあり、火災の危険性は著しく高度なものとなることから、本件建物の右のような状態は、本件各契約(第一ないし第三)上、「本件建物の構造又は用途の変更」に当たり、申請義務の対象となる。

(三)  按分支払い

仮に右(一)、(二)の主張が認められないとしても、本件各契約(第一ないし第三)には、次のとおりの按分支払いの約定があるので、火災保険金及び火災共済金は按分の形で分割されるべきである。

(1) 本件第一契約には、本件建物の損害に対して火災保険金を支払うべき他の火災保険契約がある場合において、それぞれの火災保険契約につき他の火災保険契約がないものとして算出した支払責任の合計額が損害の額を超えるときは、被告安田火災は、次の算式によって算出した額を火災保険金として支払う旨の約定がある。

計算式

損害額×(本件第一契約の支払責任額÷それぞれの火災保険契約の支払責任額の合計額)=火災保険金の額

(2) 本件第三契約にも、本件第一契約の右と同様の約定がある。

(3) 本件第二契約には、本件建物及び本件建物内の家財に対して、本件第二契約と同時にまたは時を異にして締結された火災を事故とする法律に基づく他の火災共済契約がある場合において、本件第二契約を含む全ての契約の火災共済金額の合計額が本件建物及び本件建物内の家財の価額を超えるときは、本件第二契約の火災共済金額からその超える額に本件第二契約の火災共済金額の当該合計額に対する割合を乗じて得た額を差し引いた残額を本件第二契約の火災共済額として支払う旨の約定がある。

4  被告らの主張に対する認否

(一)  被告らの主張(一)(1)は知らない。

(二)  同(一)(2)①のうち、本件火災の出火原因は放火の可能性があるが、原告の放火によるものであるとの点は否認する。

同(一)(2)②のうち、原告が第一火災の当時二〇〇〇万円以上、第二火災当時二五〇〇万円以上、本件火災の当時には三〇〇〇万円以上の債務を負っていたこと、右各火災時における原告締結に係る火災共済金額及び火災保険金額の合計額は、第一火災時において三一七〇万九〇〇〇円、第二火災時において三七〇〇万円、本件火災時において四八五〇万円であったことは認める。

同(一)(2)③は認める。

(三)  同(二)(1)の①ないし③は知らない。

同(二)(2)のうち、原告一家が平成三年九月二一日及び本件火災当日の同年一〇月三日に本件建物を空き家にしていたことは認めるが、その余は否認する。

(四)  同(三)の(1)ないし(3)は知らない。

5  原告の反論

(一)  原告一家は、原告の長男の女性関係から○○という男につき回され、その男が本件建物に押しかけてくることから、平成三年九月二一日に当面暮らしていけるだけの荷物を持って一時的に本件建物から避難したが(その後も時々本件建物に戻っており住民票も変えていない。)、このような一時的な場合は、本件各契約上の「本件建物の構造又は用途の変更」には当たらない。

(二)  原告は、被告らから本件各契約の約款を受領しておらず、「建物の構造又は用途の変更」があった場合にその旨を被告らに通知しなければならない旨の説明も受けていない。このような状況のもとで、単に約款に規定があるからといって、直ちにその契約上の効果を無条件に認めることは、一般の保険契約者に対して社会通念に照らし不当である。

三  証拠

証拠の関係は、本件訴訟記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因について

原告が被告らとの間でその主張の火災保険契約ないし火災共済契約を締結したこと(請求原因1)及び平成三年一〇月三日午後一一時頃、本件火災が発生し、右各契約の目的物である本件建物ないし家財が全焼したこと(請求原因2)は当事者間に争いがない。

二  故意による免責の主張について

1  故意免責の特約

証拠(甲一ないし三)によれば、本件各契約には、原告の故意によって生じた損害に対しては、被告らは火災保険金ないし火災共済金を支払わない旨の免責特約がなされていることが認められる。

2  本件火災の出火原因等

(一)  証拠(乙一二、一三、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、(1) 本件火災(平成三年一〇月三日発生)は、時限出火装置としてローソク、電話帳(タウンページ)、ガソリン等を使用し、洋間北東側と階段下物入れ内の二か所から出火するように仕組まれた計画的な放火の事案であること、(2) 本件建物について平成三年三月八日に発生した第二火災も、時限出火装置としてローソク、ダンボール紙、灯油等を使用し、洋間と和室の中央洋間寄りで敷居に近い床面と石油ファンヒーター裏の床面の二か所から出火するように仕組まれた計画的な放火の事案であることが認められ、本件火災と第二火災とはその酷似する犯行手口からみて同一犯人による放火であると推認するのが相当である。

(二)  さらに右証拠によれば、(1) 第二火災は人目につき易い昼間の午後二時四五分頃に発生しているうえ、唯一外部から侵入が可能である東側の出入り口は施錠されており(その鍵はポストの中に入れてあって内部関係者しか知らなかった。)、しかも番犬がいたことから本件建物には外部から容易に侵入し難い状況であったこと、(2) 第二火災ではわざわざ石油ファンヒータが移動され、その裏の床面に火がつけられていること(外部の侵入者による放火とすれば不自然である。)、(3) 本件火災では一階南側玄関の出入口など三か所の開口部分が開いていたことが火災後に判明しているが、原告一家は、平成三年九月一八日頃から本件建物を離れ府中町〈番地略〉の建物に移り住んでいたこと(したがって、本件火災当日の平成三年一〇月三日までの約半月余り本件建物を留守にしていたことになるが、その移住にあたっては本件建物の戸締りを十分にしたものと考えられ、右三か所もの開口部分の開口が原告一家の閉め忘れによるものとは通常考え難く、むしろ、内部関係者が外部の者の侵入を装ったものと考える余地がある。)、以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、本件火災も、第二火災と同様に内部関係者の犯行によるものと推認するのが相当である。

3  原告の経済状態

(一)  原告は、(1) 広島県労働金庫から昭和六〇年九月二四日に二三〇〇万円を借り入れ(乙五の3)、第一火災の当時(昭和六一年八月五日)二〇〇〇万円以上の債務を負っていたこと(争いがない。)、(2) 呉信用金庫から昭和六二年九月三〇日に一五五〇万円、同年一一月一〇日に六七〇万円を、さらに株式会社中央不動産から平成元年一二月一六日に三一五万円をそれぞれ借り入れ(乙二七)、第二火災の当時(平成三年三月八日)二五〇〇万円以上の債務を負っていたこと(争いがない。)、(3) 広島県信用組合から平成三年八月一日に二五〇〇万円を借り入れ(乙二六の2)、広島県労働金庫から同年二月六日に五〇〇万円のほか、別に三〇〇万円を借り入れ(乙二四、原告本人)、同年八月二八日当時、有限会社デンキの「くさだ」に対し五〇万二七四三円の債務を負い、給料債権の差押えを受け(乙一九)、同年九月一七日当時、中国総合信用株式会社に対し一〇八万〇九六八円の債務を負い、給料債権の差押えを受け(乙一七)、同年八月二七日頃、山本保から三〇〇万円を借り入れ(乙二七、原告本人)、同年九月七日頃、渡部孝明から約三四〇万円を借り入れ(乙二七、原告本人)、原告ないしその妻花子において、同年六月頃、森原伸典から一一〇万円を借り入れ(原告本人)、同年四月頃、明神悟に対し約三二万円、同年頃、坪井優四郎に対し二五万円の債務をそれぞれ負担していたほか、同年九月下旬、九州のサラ金業者に対し一〇〇万円の手形保証債務を負担していたこと等から(原告本人)、本件火災当時(平成三年一〇月三日)三〇〇〇万円以上の債務を負っていたこと(争いがない。)が認められる。

(三)  右認定の各火災時に原告が負っていた多額の債務は、当時、広島電鉄株式会社に勤務する原告の月収が約五八万円、年収約七〇〇万円、退職金が約五六〇万円であったことからすれば(原告本人)、原告の収入をもって返済することのできない金額であることは明らかであり、他に、原告がめぼしい財産を有していたことを認めるに足りる証拠はない。

かえって、(1) 原告は、九州のサラ金業者から厳しい督促を受け、本件火災の少し前頃、中安弁護士に右サラ金業者への対応を依頼していたこと(乙二〇)、(2) 原告の妻花子や長男次郎も稼働しておらず、原告一家の生活は妻花子の実家からの援助に頼っていたこと(証人甲野冬子)が認められる。

(三)  (1) 原告が、その締結に係る火災共済契約及び火災保険契約の右各火災時における合計額は、第一火災時において三一七〇万九〇〇〇円、第二火災時において三七〇〇万円、本件火災時において四八五〇万円であったこと、(2) 原告は、第一火災により、被告安田火災から火災保険金九二万一七〇〇円及び全労災広島県本部から火災共済金二九八〇万円の各支払いを受けたこと(合計三〇七二万一七〇〇円)、(3) 原告は右支払いを受けた三〇七二万一七〇〇円のうち二二六一万〇六〇二円を広島県労働金庫に対する貸金債務の返済に充てたこと、(4) 原告は、第二火災により、被告協会から火災共済金四八六万九〇〇〇円、被告安田火災から火災保険金二五六万九二八六円の支払いを受けたこと(合計七四三万八二八六円)はいずれも当事者間に争いがない。

右事実によれば、各火災時における火災共済金及び火災保険金の合計額は、各火災時における原告の債務総額(前示(一))を完済して余りあるものであるうえ、右のような多数かつ高額な保険への加入は、原告の収入及び多額の債務を負担する生活状況(前示(一)、(二))に照らし、不自然であることや、過去に火災保険金等の取得歴のあることが認められることからすれば、借金の弁済に窮した原告が、火災共済金及び火災保険金によって経済的苦境から脱出しようとしたとの疑念を払拭することができない。

4  その他の不審な状況

(1)  本件建物について火災が三回も、しかも近接した時期に発生していることは、いかにも不自然であり、偶然とはいえないなんらかの作為を推認させるに十分であること(昭和六一年八月五日に第一火災、平成三年三月八日に第二火災、そして同年一〇月三日に本件火災がそれぞれ発生し、その間の平成二年一二月一五日と平成三年八月一日に本件第二契約と本件第三契約がそれぞれ締結されている。)、(2) 本件建物の保険価額は一一〇〇万円と認められるところ(乙八の5)、原告はこれを遙に超える三八五〇万円(本件第一ないし第三契約の合計額)の火災保険契約及び火災共済契約を締結していること、(3) 本件火災にはガソリンが使用されているが、原告は本件火災当日ガソリン(三リットル)を購入していること(原告本人)、(4) 本件火災当日、ガソリンスタンドに行った理由や、当日の原告の行動(アリバイ)につき、原告の本件火災直後の供述と法廷における供述との間に矛盾があり、当日の原告の行動(アリバイ)に関する供述にあいまいな点がみられること、(5) 原告は、本件火災によりその家族とともに甚大な損害を被っているにもかかわらず、放火犯人ではないかと疑っている者がいるのにその名前を明らかにしようとせず、告訴など犯人追求の措置を講じていないこと(原告本人)等、本件においては種々不自然、不合理な点が見受けられる。

5  まとめ

以上の諸事情を総合勘案すると、本件火災は原告が放火したものと推認するのが相当であり、右推認を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、本件火災は、本件各契約(第一ないし第三)の当事者の一方である原告の故意による事故というべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がない。

三  結語

よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官松村雅司)

別紙物件目録〈省略〉

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